2006年11月17日 (金)

「木更津キャッツアイ・ワールドシリーズ」

 な、泣けた…。

 野球好きの学生時代からの友人5人組。そのなかのリーダー格の青年が22歳で死んだ。残された4人は、それぞれの道を進み、3年後はばらばらになっていた。しかし、1人が死んだ友人の声を耳にし、かつての仲間たちを街に呼び戻すが…。

 なんて話は普段だったら「けっお涙ちょうだいかよ」と思うよ。作中でも冒頭で否定されるけど、物語における人の死っていうのは基本的に陳腐なんだよ!
 
 しかし、木更津キャッツアイ・ワールドシリーズは違う。時間にして8割近い箇所がギャグで占められていて、しんみりさせる間もなく話が進むのに、残りの2割でいちいち核心をついてくる!
 
 ゾンビが生き返るとか、死人の声が聞こえるとか、アホらしいほどのフィクショナルな要素を観客に認めさせてしまう力量もすごいけど、そこから自然に泣かせどころにもっていく流れがすばらしいよー。マンガ的な、記号的なギャグが延々続いているのに、ふっと俳優たちの表情に寄り添うようにカメラが固定される。その瞬間の表情がいい…。ラスト直前の小日向文世のぼんやりとした表情にぼろぼろ泣かされました。

 人が死んだっていう事実で泣かせるんじゃなくて、残された人たちがどう生きてゆくのかってことで泣かせるところが正しい…。

 登場人物の関係性が分かってないと理解しづらい映画だと思うけれど、私は傑作だと思いました。観てよかった。

 

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2006年7月21日 (金)

「太陽」ソクーロフ

 いやーこれ公開されるというだけで事件ですよ。だって主人公「昭和天皇・HIROHITO」だもの。演じてるのはイッセー尾形だけど。政治性の強い作品ではなくて、一人の人間としての天皇を描いてるらしいですけどね。絶対観にいかなくちゃ。

http://www.taiyo-movie.com/ 公式サイト

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060318 町山智浩の日記に掲載されていた解説 

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2006年6月 2日 (金)

「ブロークン・フラワーズ」

 映画会社にだまされた! 

 昔の恋人らしき女性から「もうすぐ秘密裏に産んだ息子が、あなたのもとを訪ねてきます」という内容の手紙をもらった男の話という筋書きと、「人生は思いがけない驚きを運んでくる」というコピーから、ハートウォームな話だと思っていたのに、中年になってもまだ自分を見失ってる男の「心の旅路、でも迷子」映画だった。

 コンピューターで当てて金持ちになった中年男、かつての女たらしドン。ぼんやりと日常を送る彼は、恋人に逃げられるという事件にさえ、いまいち心が動かない。そんなある日、差出人不明の「実はあなたの子供を産んでました。今、父親を捜して会いに行ってるはずです」という手紙を受け取る。手紙の差し出し主は誰? おせっかいな友人のウィンストンが彼の昔の恋人を調べ上げ、会いに行くよう促す。さてさて恋人に会いに行ったドンの行方は…。

 旅に出たドンが、かつての恋人と情感あふれる再会を繰り広げるかと思うとそういうことはなく、年甲斐もなく女性の脚にしつこく目を走らせたり、恋人のダンナに疎ましがられたり、変わってしまった恋人に勝手に失望したりする。旅は、彼を劇的に成長させるでもなく、何か暖かい出来事を提供するわけでもない。かつての恋人巡りを終えた彼は、いつしか街で出会う青年にみさかいなく息子の影を探すようになる。

 いい歳して「脚が出てると見ちゃう」ドンは、大人になり損ねた男という感じがする。しかし、映画はそんなドンを見下すわけでもなく、ただ観察させ、旅につきあわせる。なにがしかの事件が起こるわけでもなく、教訓や結論を見いだせるわけでもない。一歩間違えればただの退屈な映画にしかならない作りなのだが、意外にしっかり画面に見入ってしまう。全体に漂う不思議な緊張感をうまく持続させてくれていて、それが心地よかった。ビル・マーレイの繊細な演技が情けなさを愛嬌のあるものにしている。昔の恋人の変化への失望を顔に出してしまい、それを相手に気取られてしまって、一瞬気まずい雰囲気になるところなんか巧い。

 それにしても、親とか夫とか上司という「立場」を与えられていない男の人ってこんなにほやほやしているものなんだろうか…。いや、女もか。島耕作もこの程度は悩むといい。

追記 公式サイトに、過去の恋人に手紙を書くという企画の、メッセージボードというコーナーがあった。そこに書かれた手紙を読んでいるうちに、「終わった恋は眠らせておくのが平和」というのがこの映画の含意のひとつなんじゃないかと思えてきた。テーマそのものではないと思うけれど、監督は割とそういった皮肉なものの見方をしてそうだなという気がする。思い出にしておくかぎり、どんな恋も美しい。

公式サイト

http://www.brokenflowers.jp/

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2006年5月20日 (土)

男同士で映画

 バスの後ろの席を占拠していた近所の公立校の男の子3人が、

「オレ、あした『海猿』観に行くんだー」

「マジ? 誰と?」

「こいつら、野球部の連中」(もう一人の友人を指し、指でぐるっと円を描いて)

 えー、男の人って友だち同士で映画観に行ったりするんですね。男同士で「友だちと映画」って、映画オタクとかにのみ適応されるシチュエーションなのかと思ってました。小難しい映画を観て「つまりさー結局さー」って語って孤独をいやすための手段なのかと。わかりにくい映画って観終わった後孤独な気分になりますよね…。高校生3人以上で1000円という「高校生友情プライスキャンペーン」も、意外に浸透しているのかも。

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2006年5月18日 (木)

「猟奇的な彼女」

 DVD鑑賞。

 気の強い女の子と気の弱い男の子のラブコメ。猟奇的なほうが強い。

 年寄りに席を譲らないと怒鳴られる。ちょっと逆らうと「殺すぞ」。授業中に赤いバラを持ってこさせる。書いている映画のシナリオにはかならず未来人が出てくる。「未来人はここにもいると思う」「運命の人なら、偶然の再会があると思った」。

 ……電波?

 でも可愛い。ユニクロで揃えたようなチェックのシャツとTシャツと短パン着てても可愛い。わがままだけど、いや、むしろわがままだからなお可愛い!

 そんな彼女のために何でもする彼。時にはゲロの始末をし、留置所に放り込まれ、何故か脱走兵に殺されそうになる…。この彼が全くと言っていいほど見た目にかっこよくない。ここがちょっとすごい。

 でももっともすごいのは強力にベタな展開。あらー木の下にタイプカプセル埋めちゃってますよ! この人たちったら! そして、再会の日。まんまとすれ違う彼と彼女。まるで少女マンガの罠。

 そして驚かされたのはなのは2時間かかってちゅーの一つもないところだ。韓国ではちゅーは検閲なのですか? それとも私がお茶入れてる間にちゅーしてたんですか? 違うよなー。

 なんか原始的なラブコメとでも呼びたい作品。面白い。

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2006年5月 5日 (金)

「寝ずの番」

 上方落語界の重鎮、笑満亭橋鶴が臨終の際に声をふりしぼって一言。 

 「そそがみたい・・・」

 そそというのは京言葉でオンナの人のあそこですね。

 弟子の嫁さんに頼み込んで思う存分「そそ」を見せてやります。

 「そそ、お見せしましたよ・・・」

 「そ、とがみたい、ゆうたんじゃ。あほお」

 「そと?」「そとお!」「外!」

 その3分後に、師匠は亡くなった。

 咄家だったらこんなアホな話もありかと思わせるところが落語はすばらしい日本の伝統芸能ですね。

 さあ、師匠のお通夜の席で弟子たちが昔話を語ります。ハワイでマリファナパーティーやりましたなー。師匠ひどい下痢で、一時間の話を高速で30分でやったことありましたなー。弟子の橋太の初体験の相手は「魚のエイ」なんですよお。

 師匠の死体と一緒に「駱駝の死人のかんかん踊り」を踊ったりエッチな座敷歌合戦やったり・・・。寝ずの番は大騒ぎで続いていくのでありました。

 「寝ずの番」には三味線手にして語られる春歌から、都市伝説じみたエロ話まで、さまざまな個性的な下ネタが登場します。

 原作はそもそも中島らもが桂吉朝ら、咄家の友人たちから聞いたエピソードがもとになっているそうで、つまりある程度は実話ということだそう。事実は小説より奇なり。「下ネタは誰でも作れるお笑いで、だからこそマンネリに陥りやすい」と聞きますが、やはり探せばいい下ネタは埋まっているんですね!

 そして当然下ネタを語るには、しかも映画の中で誰もが楽しく笑えるようにするには、明るさが必要。役者の方々のアッケラカンとした、テンポのいい演技に気分がカラッとします。全体的にのんびりした口調で会話しているんだけど、会話のリズムがいいのでコロコロ笑える。関西弁がのびやかです。岸辺一徳がちょっと卑屈な才能のない息子だとか、中井貴一が生真面目で融通きかない男だとか配役もいちいち愉快。役者の個性を生かしつつ一つのトーンにまとめ上げたマキノ雅弘こと津川雅彦監督やるなあ。ちょっと浮いてる部分とか中だるみしてる部分とか確かにあるけどいいですよ別に! 私は気にしませんでしたよ! 木村佳乃はかわいらしいし、富司純子はきれいですよ!  

 最後にホロッと人情噺が入って、それがお通夜なのにニコッとしたくなる気分にさせてくれる演出なのが憎い。挿入歌の「Don,t Worry,Be happy」(ボビー・マクファーリン)いい選曲でした。

 閑話休題。私の祖母が亡くなったときに親族の方が「お通夜っていうのは、仏さんが生きている人々を引き合わせてくれる場所なんだ」と話していて、私はその時初めて「仏さんにも、生きている人にとってもお葬式というのは大切な儀式なんだな」ということを知りました。

 「寝ずの番」は、下ネタを媒介にして人々が死者についての思い出を共有し、お通夜を愉しむことで「死」を受け入れる過程が描かれています。「死」というものに対峙するためのあかるくやさしい心の準備映画と感じつつ、私はこの映画を観ていました。

 いつか誰かの「寝ずの番」のために、ね。

 http://nezunoban.cocolog-nifty.com/main/ 

 公式サイトです。予告編が観られますよ! 笑えますよ!

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2006年4月27日 (木)

「プロデューサーズ」

 最近のミュージカルの映画化には納得いかないことが多い。「シカゴ」も「エビータ」も肝心のソロ歌唱シーンでツラクなる。観客が取り残されてしまうのだ。思うに、映画監督が役者と観客の距離感を見誤っているのが原因ではないか。舞台では、例え役者がどんな役を演じていようと、その恋歌を誰に放っていようと観客との役者の関係は一対一である。オペラ座の怪人でファントムがクリスティーヌに向けて愛を唄う瞬間に、多くの女性はそれがまるで自身に向けられた歌であるかのように恍惚とするだろう。また、多くの男性はまるでその歌を自分の内面の一部のように受け取るはずである。芝居にもいろいろあるから一概には言えないが、ミュージカルでの役者と観客の関係は、ときに口説く人と口説かれる人のそれに似ている。

 しかし、映画の中では、いかに物語に感情移入をしようと、ファントムが語りかけるのはクリスティーヌだ。この差は大きい。私には多くの映画監督がミュージカルの力を過信し、それを映画で見せる際にどれだけ「浮いた」ものになるかを考慮していないように感じられる。

 「プロデューサーズ」はそのあたりを巧くクリアしていて、きちんと笑えて音楽を楽しめる作品になっていた。

 落ちぶれたプロデューサーの元に訪ねてくる小心者の会計士。会計士が「配当金を払わなくてすむ分、ショウがコケたほうが儲かることがある」とふと漏らしたことから、物語は始まる。

 「それだ! 史上最低のショウを作って出資金をまるごといただいちまえ!」かくして彼等は最低のミュージカル製作に乗り出すのであった…。

 次々と現れる登場人物が観客の目を釘付けにする。プロデューサーのマックスは、多くの老女と情事を重ね金を集めているろくでなしだが、集まってくるバアさんも下品。脚本家はナチおたくで、演出家は女装好きのゲイ。照明、衣装etcもゲイ。差別ネタが多く、特にゲイの演出家チームは、思わず目が離せなくなってしまうほど過剰に色をつけてある。しかし、「バカなのはみな同じ。人間は平等に価値がない」とでもいいたげな演出で、かえって気持ちよかった。

 役者陣も強烈。多くの主要人物が舞台のキャストをそのまま採用しているそうだが、うまく個性が生かされていて楽しい。プロデューサ役のネイサン・レインのエネルギッシュさも、会計士役のマシュー・ブロデリックの無垢なボンクラ加減も、ナチおたく役のウィル・フェレルのマッチョなうっとおしさも、ゲイチームの主役、演出家役のゲイリー・ビーチと秘書役のロジャー・バートのオカマ言葉も全て芸達者でエネルギッシュで快感だった。

 監督は舞台での演出・振付を行ったスーザン・ストローマン。なんと「クレイジー・フォー・ユー」「オクラホマ!」の振付もやっていた大物らしい。「コンタクト」の振付・演出も…! すごい人だな。過剰なダンスシーンをきちんと映画の中に取りこんでいて、観客のテンションをあげてくれる。特に劇中劇の場面の迫力は圧巻。観客の想像を上回るバカバカしさを演出し、カタルシスの渦に巻き込んでくれる。

 ただ一つ、難を言うなれば、この映画の作り方は舞台の再現に近い印象の、かなり古典的なものだと感じられることだ。もっとも、この作品においてはその方法は成功して、作品の完成度を上げているのだが。

 しかし、ミュージカル映画の歴史を振り返ってみると、新しい方法でミュージカル映画を作ることにいまいち誰も成功していないことが歯がゆい。業界全体に対して「新しい革袋に新しい酒を入れようよ!」と言いたくなるのだ。

 次回日本公開のミュージカル映画は「RENT」だけれど、これはどんな出来になるんだろう?

プロデューサーズ公式サイト 

http://www.sonypictures.jp/movies/theproducers/site/

 

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2006年4月22日 (土)

「ヨコハマメリー」

 かつて横浜にメリーさんと呼ばれる老女がいた。顔をおしろいで真っ白に塗りたくり、白いドレスを身に纏い丸くなった背で町を徘徊するメリーさん。横浜伊勢佐木町の有名人だった彼女は、ある日突然町から姿を消した。

 「ヨコハマメリー」は、そんなメリーさんと、彼女に関わった人と町に関するドキュメンタリー映画だ。

 ゲイのシャンソン歌手にしてメリーさんの友人、永登元次郎さんがメリーさんを語りはじめる。映画は大戦直後の、横浜の町の風景にさかのぼる。

 根岸屋という「大衆酒場」の前で、パンパンとして米兵相手に客引きをしていたというメリーさん。気位が高く、組み合いに属せず、将校の相手しかしなかったという。そんな屹立した女性の物語と同時に、映画は横浜の街を語る。かつて愚連隊と呼ばれた老人や、お座敷芸者の女性が猥雑だった横浜を懐かしむ。風俗記者の広岡敬一氏が、パンパンの元締めの女性に気に入られ、「日本人とやるの久しぶり」と言われたという話を披露する。

 横浜の町も変わってゆく。エイズのニュースが世間を席巻したころ、「メリーさんと同じカップでお茶を飲みたくない」と言う人が現れる。メリーさん行きつけの喫茶店相生の従業員は、メリーさんのためにカップを用意する。

「あたくしのカップでおコーヒーを入れてくださる?」

 メリーさんの声色を真似て、野毛大道芸スタッフの大久保文香さんは語った。

 高齢のメリーさんが町で野宿を続けるのはだんだんと苦しくなってきる。「お家が欲しいの」ともらすメリーさんのため、元次郎さんが奔走するが、うまくいかない。横浜市の住民として認められないから、というのが理由らしい。

 そして、1995年、メリーさんは故郷に帰る。映画は、元次郎さんが養老院で素顔のメリーさんの前で「マイウェイ」を歌い、手を取って部屋に帰ってゆくところで終わる。

 映画の後半に、写真家の森日出夫さんは「メリーさんがいなくなってから町の風景が変わった」と話す。「いつもそこにあった木が無くなったような」

 ヨコハマメリーは極めて感傷的な映画だ。集めたさまざまな映像は、メリーさんの実体を伝えるというよりは、伝説を補完するかのごとく積み重ねられてゆく。時折入る逆光の映像も、切なさを増幅させる。

 しかし、過去に対する感傷は、懐かしむという感情と近いところにあるということもこの映画で実感させられる。私は映画を観ながら、まだ生まれてもいない頃の、戦後の横浜を懐かしむ気持ちでいっぱいになった。

 横浜と、メリーさんの伝説に興味がある方にはオススメ。

 余談。映画の舞台である伊勢佐木町の映画館、ニューテアトルで観たのだけれど、大入りで最初席が見つからなくてびっくりした。無論小さい劇場だけれど。劇場のえらいさんみたいな人がニコニコして入り口に立ってた。

公式サイトトップ

http://www.yokohamamary.com/yokohamamary.com/

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2006年4月15日 (土)

さよならチェブラーシカ

 チェブラーシカのDVDが絶版になってしまいました。これまで、日本での権利を管理していた吉田久美子さん率いるチェブラーシカジャパンから引き離されてしまったようす。私はチェブラーシカの熱心なファン(チェブラーと称される)ではなかったのだけれど、信頼している友人等が皆高く評価していた作品であり、近年のロシア映画の中では一番のヒット作なので、流通しなくなってしまうのがとても残念です。

 チェブラーシカの配給を行った吉田久美子さんは、吉本興業を辞め、自らの資産で映画を買い付け、上映にこぎ着けた女傑です。その吉田さんの「チェブラーシカ配給日誌」を読みました。配給に至までの色々な苦労、配給してからも舞い込んできた権利関係のトラブル、新しく興したカフェでの毎日のことが綴られています。とにかくものすごいガッツのある方で、読んでいるだけで勇気づけられる本でした。

 いいなと思った言葉が一つ。ソ連崩壊後、ロシアは「やったもん勝ちの世界」になってしまい、チェブラーシカの権利もアメリカに渡ってしまっていたのだそう。それを知らずにロシアの会社に連絡を取っていた吉田さんに、ある商社の方がアメリカの会社が権利を持っているらしいということを伝えてくれたのです。結局アメリカの会社からチェブラーシカを買った吉田さんの言葉が、

「どこでひょっこり助けてくれる人が現れるかわからんなーと、思った。だからどんなところでも、きちっとニコニコして人に会おう」(チェブラーシカ配給日誌p50から)

 いいですね!

 「チェブラーシカ配給日誌」は一般販売されていないので、もし欲しい方がいらしたら下記のサイトのご意見箱に問い合わせられてください。

DVDは店頭で見つけて手に入れてください。プチグラの出版物も絶版扱いのようなので、もう店頭で見つけた人から早い者勝ち状態ですね。

http://www.cheb.tv/ 旧サイト

http://www.cheb.tv/office/index.html スタッフの方たちの日記が読めます

http://211.1.161.65/cheb/index.html イトイ新聞での吉田さんへのPhoto インタビュー

チェブラーシカ公開日誌書影

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2006年3月13日 (月)

映画「ホテルルワンダ」ネタバレ含む

 ネタバレを含みます! 

 これまで、私はルワンダ大虐殺について、2行でまとめられる程度の知識しか持っていませんでした。

「アフリカで大虐殺があった。フツ族がツチ族を虐殺した」

 しかし、映画「ホテル・ルワンダ」観て、そのあまりにも不条理で壮絶な悲劇に、呆然としてしまいました。

・ナタを持った民兵たちによって、100万人の人間が老若男女問わず殺された。

・西側諸国は、ルワンダのツチ族を救うことに利益がないと考えて、停戦の努力を行わず、自国民だけを回収して撤退してしまった。

・しかし、その虐殺の火種、つまり彼等がお互いを憎みあうようになったその歴史的原因は西側諸国が作りだしたものである。

 そんなことがあっていいのか? と思うようなことがつい12年前に起こっていたというショック。そして、そのことに無関心だった自分。いろいろなことが衝撃でした。

 映画の中で、西側から来たTV局のカメラマンが、虐殺のニュースが流れれば、世界が私たちを救いに来てくれると言う主人公に対してこう言います。

「彼等はニュースを見て言うだろう

-怖いね-

 と。そしてディナーの手を止めない」

 ああ、それは私のことですよ、まさに。

 映画は、虐殺のさなかに、自ら管理するホテルに1200人の難民を匿ったポール・ルセサバギナという男性の実話を元にした物語です。混乱のさなかにあってきぜんと自らの職務を遂行し、家族を守りきった彼の姿が胸を打ちます。

 相当重たいテーマで、しかも実話が基になっているのに、映画として実に面白く作られていてそのことにも感動しました。映画の後半に、こんな挿話があります。

 ツチ族の女性がフツ族に襲われているさまを見たポールは、ツチ族である妻に、「もし民兵がホテルを襲撃してきたら子供たちと一緒に屋上から飛び降りて欲しい」と言います。

 それからしばらくして、賄賂もつきたポールは「私が死ねばあなたは戦犯になる。あなたの無実を証明できるのは私だけだ」と主張し、それまで懇意にしていた軍人を脅すことで家族の命を守らせるようにし向けます。

 ホテルから離れた地域にいた軍人とポールが戻ったその時、ホテルは襲撃のさなかでした。

 妻子を探し、半狂乱になるポール。妻は自分の言葉に従い、すでに飛び降りてしまったのだろうか? しかし、屋上から見渡す限り、妻子の死体は見あたりません。探し尽くしたか? と感じた瞬間、ひいた浴槽のカーテンの向こうに、妻子と友人たちがいました。妻は、シャワーヘッドをまるで銃のように構えて。

 ホッとしたポールは、妻の手と、シャワーヘッドを握り言います。

「これで何を」

 思わず、ポールたちにも、観客席にも笑いが起きました。

 これだけの惨劇を2時間弱の上映時間で観客に理解させ、映画として退屈させないその能力がほんとうに素晴らしいと思いました。

↓公式サイトから。というわけで私の文章にも族という表現を採用してみましたが…。方針が変わったら変えるかも。

■おことわり■
「~族」という呼称は、差別を連想させるものとして、現在公式の場では使用されておりませんが、本作では話をわかりやすくするためにあえて使用しております。ご理解いただきますようお願い申し上げます。



・公式サイト

http://www.hotelrwanda.jp/index.html

・「ホテルルワンダ」日本公開を応援する会

http://rwanda.hp.infoseek.co.jp/index.html

 ルワンダの歴史や、ルセサバギナさん来日の様子から、「身近なポール、見つけました」といった柔軟性のある記事まで。勉強になりました。

アメリカと映画に強いコラムニスト町山智浩さんのホームページ

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/

歴史に対してどう向き合うか、その上で個人としてどう向き合うかを考えたい方は、同じ町山さんのこちらの日記を見て下さい。議論が紛糾してます。(なんかわれながら抽象的だな)

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060225

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2005年10月18日 (火)

鼻血危険日

 甘い物好きな人や、an・an、TOKYOウォーカーを愛読されている方は、前々からご存じなのでしょう。「ピエール・マルコリーニ」に行って参りました。http://www.pierremarcolini.jp/index.htm

 わたしはよしながふみの「愛が無くても食っていけます」で知りました。順番待ちの方のなかにマンガを持っている方がいてほくそ笑んでしまった。そして、マンガのとおりの、ものすごいカカオの風味。かなり濃いのにきちんと食べ切れました。おいしかった・・・・。けど高かった・・・・。よくうちにいらしてくださる営業の方と行ったのですが、ドリンク込みで一人2400円くらい。スィーツだと思うとかなりの贅沢です。

 その後すぐに「チャーリーとチョコレート工場」を観に出かけました。

 映画鑑賞というより、「評論社から出ている単行本が飛ぶように売れているので、どんなもんかと覗きにきた」という気分でしたが、なかなか楽しめるように作られていました。(以下、ネタバレ有。まあ、筋を知ってもさほど映画の印象は変わらないと思いますが)

 主人公のチャーリー他四人の子供達が、ジョニー・デップ演じるウォンカ氏ののチョコレート工場に招待され、奇妙な工場で奇妙な体験をする・・・・。という話なんですが、チャーリー以外の子供達がここぞとばかりにイヤなガキばかり。毎日菓子食ってる肥満児とか、子供のわがままを何でも金で解決させる親子とか、テレビゲームおたくの屁理屈こきまくるガキとか。そのクソガキ達と付き添いの親達が、工場の中でどんどんヒドイ目にあってゆくというなかなかスカッとするお話でした。ガキがヒドイ目に遭うシーンでは、工場で働くウンパ・ルンパという人種が、ダンスを踊ります。ウンパ・ルンパは、小人の方が演じていて、それをさらに合成でちいさくしていたので、かなり印象的な画ができあがっていました。(小人って変換できないのね・・・・いまのPC。やーねー)そのウンパ・ルンパ達が集団で踊るシーンの面白いこと! 演じられた役者のかたは一人でしたので、団体で踊るシーンは全て合成なのですが、おんなじ顔をした人間が奇妙なダンスと悪意のある異様な歌を披露する様はまるでスケールの大きい悪夢のようで、ドキドキさせられました。ウンパ・ルンパ、終始無表情なことろがまたよいです。

 しかし、最初「貧乏だけれど思いやりのある家庭に育ったチャーリー。彼は、ハッピーエンドをつかむことができるのか?」を考えさせられる向きで物語が動いていたのに、途中から「ウォンカ氏はいったい何者なのか、どうしてこんな工場を造ったのか」に読者の興味が行ってしまうように作られていて、感情移入しづらく思いました。つまり、カタルシスが得にくい。「だからかえって原作が売れるのか」なんて考えてしまいました。面白かったんですけどね。

 また、ハチャメチャな一方で、親受けしそうなメッセージがわかりやすく掲げられていて、そういう意味で良くできていました。 ただ、原作ではバカ親に対する批判が強く感じられるのに対し、映画は結果的に家族賛歌を強調する形になっています。親御さん達は「このバカ親自分のこと!?」と受け止めるより、「家族愛ってすばらし~。ウチの子もチャーリーみたいだったらいいのに」というように受け止めるんじゃないかしら、とか悪意のある感じ方をしました。

 チョコまみれの一日でした。

ロアルド・ダールコレクション 2
ロアルド・ダール著 / クェンティン・ブレイク絵
評論社 (2005.4)
通常24時間以内に発送します。
チョコレート工場の秘密
ロアルド・ダール作 / 田村 隆一訳
評論社 (1978)
この本は現在お取り扱いできません。

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2005年9月22日 (木)

ところで、この宇宙船に紅茶ある?

 銀河ヒッチハイクガイド

http://www.movies.co.jp/h2g2/main/global/index.html?countryID=&section=&datastr=&

 いかにもモンティパイソンの故郷イギリス!といった印象のシニカルでドタバタしたSFコメディ。

 辺境惑星間のバイパス建設のための立ち退き命令を受理していなかったため、地球はこなみじんに爆破されてしまった! 生き残った地球人、アーサーは「銀河ヒッチハイクガイド」という本の著者、フォードとヒッチハイクに出る羽目に・・・・!

 同名カルト小説の映画化。

 世界一憂鬱なロボットマーヴィンや、元ヒッピーのアホ銀河系大統領ゼイフォードなど、ハチャメチャなディティールが楽しい。特に、「宇宙一すばらしく最も売れている電子本」銀河ヒッチハイクガイドの映像表現は必見。原作を読みたくなる。モンティパイソンを軸にした、イギリスコメディもみたくなる。ただ、そもそも物語が破綻しているので、少々冗長に感じる部分も。もっとギャグが過剰で暴力的なほうが楽しかったのかも。

 

銀河ヒッチハイク・ガイド
ダグラス・アダムス著 / 安原 和見訳
河出書房新社 (2005.9)
通常24時間以内に発送します。

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