秋葉原で通り魔事件が
秋葉原の事件がショック。私はあまり出向かない街なのですが、弟がときたまゲームを売りに行ったりしているので。
しかし犯人の卑怯さに愕然。
警官に銃を突きつけられて「撃つぞ」と言われてナイフを手から落とした。
という報道を聞いたときに怒りがこみあげた。自分は死にたくないくせに平気で人を殺すとは…!
なくなられた方のご冥福をお祈りします。
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秋葉原の事件がショック。私はあまり出向かない街なのですが、弟がときたまゲームを売りに行ったりしているので。
しかし犯人の卑怯さに愕然。
警官に銃を突きつけられて「撃つぞ」と言われてナイフを手から落とした。
という報道を聞いたときに怒りがこみあげた。自分は死にたくないくせに平気で人を殺すとは…!
なくなられた方のご冥福をお祈りします。
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NGOの活動報告、フェアトレード商品の販売、フードコート、ライブイベント、各国の大使館によるアフリカングッズの販売などが開催。
「アフリカってアレだよね。しょっちゅう内戦してる地域」という程度の認識の私にはそれなりに勉強になりました。日本にこんなにNGO活動している人たちがいるとは…。
ギニアの伝説的ギタリストというセク・ベンベヤ・ジャバテ氏のギターが耳に残りました。哀愁があってなめらかな音が日本人に人気の出そうなかんじ。 大使館コーナーはあるもの持ってきましたという感じで地味な印象だったのですが、楽器販売を行っていたブースではトーキングドラムをたたくことが出来、多くの人が集まっていました。音楽はすごい。
他には、植物の色素で肌に描く(数日で落ちる)とナチュラルタトゥーが人気。
しかし一番のインパクトは下の写真、4分の1で500円。下にたまったポテトがおいしい。フードコートのお会計がのんびりマイペースだったのが印象的でした。
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とはこ一箱古本市で出す予定だった福本伸行批評は原稿作成が間に合わなかったために見送りにしてしまいました。
ああー!もう!
くやしいので次回のコミティアか冬コミかに完成させようと思います。
今回の失敗は、原稿を書きためられなかったことなので、ある程度ブログで公開していってから本の形にしようかなと思います。
同じ失敗は繰り返さない…!
古本市自体は明日、箸休め名義で参加します。よろしくです。
ところで、昨日タッチの映画版を観ました。途中から見始めたのですが、原作だといまいちナニを考えているのかわかりづらい南ちゃんが、ずいぶんと自我のある少女に作り替えられていました。
原作だと南の夢を叶えるために二人が闘うという感じだけれど、映画は南の夢がいつのまにか三人の夢になって、次に二人の願いになって、最後にチームみんなの願いになっていく過程が描いてあって、大変面白く観ることができました。マンガ知ってる方のほうがより楽しめるかも。
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今年は一箱古本市にでます!また箸休めで。
しかし他の参加者の箱がずいぶん充実してそうでおそろしい。
貧乏で全然本買ってないから売るものもないこちらとしてはなんか気が引ける…。
ところで、「エデン2185」を読み返していて竹宮惠子の女性に対してのあの保守性はなんなんだろうと思いました。
地球のはるか遠くにあるという、惑星エデン。新天地エデンを求めて、100年の旅に出る宇宙船での2世代に渡る物語を描いたこのマンガは、閉鎖空間での集団心理の描写、未来に対する夢、宇宙の美しさ、言葉少なな友情、希望を継承する子弟など、竹宮テイストぎゅっと詰め込まれた隠れた名作です。しかし、一点女性の使い方が腑に落ちない。
レイプされた女の子に対して、男に「君は汚くなんかない」って言わせて話にカタをつけてしまうところとか、その女の子が最後に、死んだ夫が遺した子供をかかえて登場して、さらに夫の親友に気にかけてもらっているところで終わるところとか。イズァローンのフレイアが「愛する人のそばで死ねるだけでいい」って言った時は驚いた。「あれ?竹宮惠子ってかっこいい女子を模索したがってたかと思ったのに、男子が好きそうな最後に折れてくれる女子に…」と、腑に落ちませんでした。
昔の竹宮惠子は、自分の描く少女が保守的な少女マンガの世界にあってさっぱり理解されなかったことに、鬱屈を抱えていたらしいですが、その竹宮惠子が描いている女性が、逆に男性受けしそうな生き様に集約されてしまうのはなぜだ。
70年代とかなら少年の形を取ることでしか解放の物語が描けなかったのはわかるけど、今ならもっといろんな少女の可能性が追求できるような気がするんですが。
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高島屋のエレベーターに乗り込んだら、細身眼鏡でオシャレ系の感じのよさそうなお兄さんが、ベビーカーをひいていた。
お兄さんと赤ん坊に話しかけるおばあさん二人。なごやかなエレベーターの中。
6階、子供服売り場で降りるお兄さん。
見送るおばあさんの発した言葉が「お幸せに」。
なるほど…、そういう使い方があるのか。しかしエレベーターで同席しただけの家族にその言葉は豪奢過ぎやしませんか。
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健康診断で採血。
注射針を見て子供に還る。ううっ。いやだなあ早くすまないかなあと思っていたら思わず目をぎゅうっとつぶってしまった。小学生のようだ。
たぶんあのときの私を外から見たら、目はカラスの足跡の形をしているはず。
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ルー大柴の言語センスを再現するルー語変換というツールがあるのですが、そこに「死ねばいいのに」と入力すると「ダイすればいいのに」と変換されます。
「ダイすればいいのに…」。便利すぎる。もう嫌な目にあったら速攻で「ダイすればいいのに…」。ハチクロのドラマとか観て「ダイすればいいのに…」。スタバの新作デザートボルケーノを食べて「ダイすればいいのに…」。電車の中ででかい音でアイポッドを聞いている成人がいると「ダイすればいいのに…」。
たのしすぎる。
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輸血を受けたことのある人間は献血ができないそうです。今日はじめて知りました。献血は気軽にいい人気分を味わう術だと思っていたのに…。社会貢献の機会を失った。
ショックだったので丸木俊美術館存続募金をしてきました。でも53円だけ。
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もうひとつの方のブログの更新にかまけてほっぽらかしのこのブログ。
昨日は友人に誘われて万惣フルーツパーラーというお店でホットケーキとフルーツオムレツを食べてきました。なんでも東海林さだおの本に出てくるお店だそう。
ホットケーキはさくさくふわふわしていてまるで藤子マンガの中のケーキのよう。お値段も手軽でかなりの満足感です。さて、フルーツオムレツですが、デカイ! 小玉スイカの八分の一個分くらいのスフレっぽいオムレツの中に苺やらキウイやらバナナやらが入ってる。
おいしかったんですが、ぶどうの木やピエールマルコリーニに行ったときも感じたのですが、こういう高級店の甘味って途中で食べ飽きますよね。もっとこじんまりとしていていいのに…。しかしそれではもうからないのか。
立地が秋葉に近いので、マダムとおたくが同居していました。
上野まで歩いてブログの更新用にとネタ画像を収集。
今回のヒットはこれ。
アルツマイナー
野口医学研究所の特定品質推奨品です
何歳になっても冴えた頭でいたいあなたに
年を取ると誰にでも起こる物忘れを防げる可能性があります
「防げる可能性があります」という表現がすばらしい。
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しかし…毎日更新にするとほんとにこの人マンガ時々アニメにしか興味ないんだねー、というのがわかって悲惨。
衆院と参院で意見が違うのは民意の反映であって歓迎すべきことであるはずなのに、それを“ねじれ国会”と表現してネガティブイメージを植え付けるのは情報操作だとか、宮崎県庁前で全裸写真を撮ったバカに「足を引っ張らないで欲しい」と吐き捨てた東国原は元お笑い芸人のくせに心底保守派でむかつくわあ…、政治ってあぶく銭稼ぐことじゃないのに、とかいろいろないこともないけど。所詮飲み屋での親父の愚痴レベルだから…。
しかし愉快犯に対して「足を引っ張らないで欲しい」とは芸のない発言だ。「風邪ひかないで欲しいですね」くらい言えばいいのに。
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どんなくだらないことでも更新というのが目標なので最近車中で聞いた女子高生の会話を再現。
「あたしさー、やっぱビジュアル好きとかあるけど、曲とか詞とかが好きだから好きなんだよね」
「出待ちとかしてる子はさー、“顔ファン”だから」
“顔ファン”…。女子高生の造語力はすさまじい。
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吉祥寺の某書店ではコミック売り場で90年代少女アニメがエンドレスで放映されております。私はてっきりなにかフェアのために放映しているのかと思っていたのですが、いつ行っても姫ちゃんのリボンとかセーラームーンとかが流れているのでどうやらコレといって目標のある販促ではないらしい。「このモニターは何のために…」と行くたびに思うルーエの3階ですが。
この間小学校2~3年生くらいの女の子が、5歳くらいと思われる妹と母親と一緒に来ておりまして、母親に「静かにしなさい」といわれる妹を先導するように歩くその子が、モニターの前で立ち止まった瞬間発した言葉。
「セーラームーンかー。懐かしいなー。」
君の年頃でも懐かしむということがあるのか! それとも懐かしいをなんだか大人っぽいかっこいい言葉だと思っているのか?
ちょっとおかしくなって弟に話したら
「そういえば子供って“オレが小さい頃”とか言うよね」という返事。
はいはい言う言う。そういえば24歳くらいの時に大学生を指して「若い子はいいよねー」とか言ってたな。あんまり変わらないかも。
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昔書いた記事を若干消しました。
言いがかりに近いと思われる内容のモノと、すかした日常雑記は消去!
私も昔はオサレ日常系日記に憧れてたよ…。
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鯨カツ(200円)と鮫フライ(150円)を買ってきました。
鮫フライはせんべいみたいに薄くのばしてあって、鮫の特徴があまり感じられないつくりに。厚みのない白身魚のフライとして、物足りないけれどさくさく食べることができたのですが、問題は鯨カツ。
トラウマになるほどまずい…。食感は厚めのレバカツに近く、口に入れた瞬間はふうん「獣味か」くらいにしか感じられないのですが、鼻ににおいが抜けていく瞬間の悪臭が!
なんだか普段まずいものしか食べていない肉食獣の血を煮詰めて、そのへんの土を足したような臭いがします。
こっ、これは廃れるハズだ~としみじみ実感しました。牛乳クチにつっこまなきゃやってらんないよ!
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しりあがり寿の「表現したいためのマンガ入門」に、「ギャグを描くときは、それが人を傷つけてまで表現する価値のあるものかどうか考えてから描きなさい」という趣旨のことが書いてあり、感銘を受けた。
それを、年かさの友人に話したら、「筒井康隆も同じようなこと言ってたよ。……つまり、それさえ守れば何やってもイイってことだね」という答え。
私は基本的に単純な感性の人間なので、こういう悪意という想像力のある人と本の話ができるというのはありがたいことである。
人が悪いと言えば、「ファンシィダンス」岡野玲子作の会話を思い出す。たしか主人公のカップルが、まだ友達以上恋人未満だった頃の会話だと思うけど、
「人間ってどういう時に一番笑うと思う?」
「人の不幸」(二人で声を合わせて)
単語は正確ではないが…。粋な会話だと思った。懐かしい。
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「こいつらはおれが死んでも笑うはずそう思ってたから生きてきた」詠人不死
枡野浩一編集の「かなしーおもちゃ」に収録されていた一句。対になるページに「そうそう、あいつらを泣かせてからでないと、死ぬに死ねません」と書いてあります。なぜか「あいつらは俺が死んでも笑うはずそう思ってきて今日まで生きた」と覚えてました。「かなしーおもちゃ」は枡野浩一が自分のブログで企画していた投稿短歌を単行本化した本です。装丁がシャープでうつくしい…!
閑話休題。
朝日新聞で「いじめられている君へ/いじめている君へ」という連載が始まっていて、毎回違った執筆者がいじめっ子/いじめられっ子に語りかける形のコラムが毎日掲載されてます。個人レベルで書いてあることにケチをつける気はないんだけど、どうしても構図がいじめっ子/いじめられっ子に「もっとがんばりなさい・強くなりなさい」って言っているように見えます。語られていることに不満はないけど、「もう疲れた」と思っている子供たちに「強くなろう」ていうことがどれだけ届くかはちょっと難しいものがあるのでは。
私はいじめも自殺と一緒で、社会的な問題だと思っているので、(「自殺論」の如く)個人に対してアレコレいうよりは制度や社会の中にあるいじめを作り出す要因を追求する必要があると思います。なので、私ら大人が子供に「がんばろう!」っていうのはちょっとずるいかな、と感じました。執筆者個人の言葉に不快感があるわけではないんですけどね。
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福岡県筑前町で、中学生がいじめによって自殺した事件では教師がいじめに加わっていたことと、教育委員会がいじめがあったことを隠蔽しようとしていたことが話題になった。
元いじめられっ子として、感情のウェットな部分で思うところがあるが、この事件に関して私が違和を感じたのは、メディアや世論があっというまに当事者である教師のつるし上げに転じたことである。
いじめという行為をいったいどう定義するかは、しばしば議論の対象になる問題である。個人的な見解を言わせてもらうと、多くの人間が「いじめ」られていると感じる瞬間というのは、尊厳を踏みにじる行為を受けたときではないだろうか。尊厳を踏みにじるというのは、人として扱わないと言うことと考えて欲しい。これは、その行為が身体的なものか、精神的なものかを問わない。
報道では、教師自身がかつて生徒の尊厳を踏みにじるような行為を行ったことがしばしば書かれている。生徒をランク付けし、偽善者などと読んでいたと産経新聞10月16日の記事にある。そういった意味で教師が自殺した生徒をいじめていたことに疑いはない。
何らかの形で教師が罰を受けることは当然のことであろうし、そのことに異論があるわけではない。
ただ、メディアや世論のこの問題の扱い方には大きな違和を感じる。
というのも、教師に問題を押しつけ、悪者に仕立て上げるその動き自体が、「安心して踏みにじれる人間をつるし上げて叩く」という、いじめの構造と同じではないかと思うからだ。こういった「ろくでもない教師」をつるし上げることは、果たして問題の解決に向かうのだろうか?
朝日新聞の記事によると、生徒の同級生達は、謝罪におもむいた席で「先生がやったからやっていいと思った」と、父親に対して語ったという。彼等の多くは、教師に罪を押しつけることで、自らの精神を満足させ、自分たちの行いが引き金になって死んだ人間がいたことなどきれいに忘れてしまうだろう。子供達のために言い訳を用意してやったようなものだ。死んだ生徒の死は子供達にかえりみられることもなく忘れられていく。現場レベルで見ても教師をああいう形で扱ったことは、生徒の死を考えるための障害になった気がしてならない。
また、今回の報道が世間に対してもたらしたものは何か?を考えると、これまたうんざりする結論が出てくる。おそらく「教師は信用できない」という印象が多くの人々の心に残ったであろう。
私は、今回の事件とその報道によってある風潮が助長されるのではないかと心配している。それは、子供とその親が教師を裁く権利を持ちうることである。つまり信頼できない教師を生徒が告発する権利を持った状態が、何らかの形で容認されるのではないかということだ。
たしかに多くの場合、教室内において生徒は弱者であり、教師は強者である。そして、信頼できない教師というのもまた、存在する。しかし、仮に生徒が教師を罰する制度をつくれば、それは教師が弱者になるだけのことで、これもまた異常な話である。多くの場合まともな教師は、自分の子供だけを守りたがり、教師をおとしめるような発言を繰り返す親を相手にしつつ、バランスを取りながら働いている。高学歴で、子供にも高い教育を与えようとする親ほどエゴイストが多く、子供もエゴイスティックに育つという話もあるが…。
今回の件で、多くの常識的な教師達はその泥をかぶらなければならなくなるだろう。つまり、親が当然のように教師を疑う風潮がますます強くなってきたと言うことだ。
いずれにせよ、教師個人に「いじめ教師」のレッテルをはり、問題を単純化させることには何の意味もない。議論すべきは、現在は非常勤制度である教育委員会をもっと充実させることなどであろう。
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弟の朝イチの挨拶が「おはよー、日本負けたよ。4-1」でした。
着替えている間、隣の家の声が聞こえます。「負けたねー」「ムリだったんだよ」
午後の総武線内では、60代後半くらいと思われる品のいいご婦人が語り合っていました。
「最初に点とったとき、すごいなって思ったんだけどねえ」
「残念ねえ」
「キーパーの人、一人でたくさん止めてえらかったねえ」
「ねえ、がんばってたねえ」
「でも一人で大変よねえ」
「そうねえ」
「三人いるから順番に交代するのかと思ったら違うのねえ」
「疲れちゃうわよねえ」
「ねえ」
ワールドカップってやっぱり特別なんだと思いました。普段見ない人が見てる。気合いや気負いが違うのもわかりますね。サッカーは通年の世界選手権ないけど、他のスポーツでも、オリンピックのみが関係者以外が見る試合ってことがほとんどですもんね。
例えば6月10日、アテネ五輪アーチェリー銀メダリストの山本さん率いるアーチェリー日本代表団体が、世界選手権で優勝しています。山本さん自身は個人準優勝だそうです。でも、それはちっとも報道されてなかった。そんなもんなんですよね。
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「愛国心」「愛国心」うるさいよ!
埼玉の小学校で「愛国心」を通知票にって、それってどう考えても思想の蹂躙で人権無視なんですが。「君が代」斉唱時に起立しなかった教員を減給、戒告処分? 教師には思想の自由はないの?
「愛国心」を指定するということは、共同体への服従を誓約させるということと隣り合わせ。
「国を憎む心を持つ権利がある」ということを教えることのほうがよっぽど健康だよ。
それとも、みんな自分の思想も国家に決めてもらって、みんなとおそろいのをもって歩いていくのがいいと思っているのかな?
国家全体がみんなでおそろいの思想をもってる。そういえばそんな時代があったね。
あれかな? 第2次世界大戦時のドイツ帝国とか大日本帝国とかかな? それともフセイン統治下のイラクかな? あのころの国家元首は支持率100%近いもんね! みんなで大将の心意気を支持してたんだね。
みんなでおそろいっていいね! どんなに間違ってたってだあれも気づかないし、おなじことしか考えてないんだから議論の必要もない。悩みのない世界。
間違っているのを認めなくていいなんて、なんてワッツアワンダフルワールド。
わかったよ。日本は「素晴らしきこの世界」に向かって進んでるんだね!
…オチがつかなかったので寝ます。
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http://www.nikon.co.jp/main/jpn/feelnikon/discovery/universcale/index.htm
これは面白い。宇宙の大きさから元素までを物差しの上に並べて比較するというFLASH。
ティラノサウルスがダブるデッカー(二階建てバス)より一回り大きいとか、凱旋門は自由の女神より背が低いとか、いろんなことが目に見てわかります。
地球に比べての月の大きさとか目に見えます。感動。
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サントリーホールにクラシックを聴きにいった。演奏もよかったけれど、印象的だったのはエスカレーター。2階席にあがるためのエスカレーターは、開演時には上がりに、休憩時間直後には下りに、休憩時間が半ばを過ぎると上がりになり、終演時には下りになった。きめ細やか。サントリーホールは設計模型のみに一千万かけたという、技術の粋を集めた設計らしいけど、こんなところも細かいのね。
ちなみに東京都交響楽団第627回定期演奏会。母が当てたチケットで。
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最近「ヨコハマメリー」「永登元次郎」で検索してこられるかたが多いですね。
私は元次郎さんご存命の頃、一度だけ生でその歌を聴いたことがあります。2003年春の野毛大道芸の時でした。
横浜の野毛という町に愛着を感じていて、野毛についての本もいくつか読んでいた時でしたので、柳通りで元治郎さんを見たときは「ああ、あの人が」と思ったものでした。
何度か転校を繰り返しているせいか、「故郷」や「生まれ育った土地」という感覚が希薄な私には、「故郷のない人のための故郷」という感じのある野毛の町がなじみやすかったのでしょう。この町は「ハマ野毛」という奇妙な雑誌を生んでいます。編集長は平岡正明で、田中優子、大月隆寛、石川英輔、四方田犬彦、荻野アンナ、種村季弘、梁石日、片山健等が参加したゴーカな雑誌でした。しかし、この雑誌の面白さは、ゴーカな面子と同列に、中華料理屋「萬里」の食い逃げ常連男の文章や、ホームレスのおっさんの半生が載っていたところにあったと思います。「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉を別れの句とし、6号で廃刊となりました。「ヨコハマメリー」に載っていた元次郎さんの半生記は、もともと「ハマ野毛」に掲載された文章だったのです。5号にはパリで歌った時の話も載っています。「ハマ野毛」に掲載された文章は「ヨコハマB級譚」ヴィレッジセンター刊にまとめられています。また、平岡正明の「横浜的」にも「シャンソン語り元次郎は野毛のジャン・ジュネである」という表題の文章が掲載されています。二冊ともすでに絶版ですが、野毛にある中央図書館で読めます。
それらの活字から元次郎さんを知った私が、ちょっとした期待を感じながら聴いた彼のシャンソンは、本当に心にしみるものでした。「ヨコハマメリー」の最後の、元次郎さんの「マイウェイ」を聴いたかたならわかるかと思いますが、優しげだけど力強い。哀しみを乗りこえた人の唄という感じがするのです。
元次郎さんが亡くなったと聞いたとき、特におつきあいがあった訳でもないのに、寂しい気持ちになりました。映画を観て、再度その気持ちを強くした私は、元次郎さんに興味を持ってくれる人がいるのがなんだかうれしい。町の歴史のなかに、彼の思い出は吸収されていくのでしょう。
永登元次郎さんの存在もメリーさんと同じようにヨコハマの戦後史の一部でした。
以下のホームページが、元次郎さん追悼のページです。
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みなとみらい21地区略称MM21。それは横浜のニュースポット。
真っ赤な古い倉庫を改造したショッピングモール兼劇場、赤レンガ倉庫。チョコレートの箱のような倉庫を拠点とするこの地区は横浜の新しいデートスポット。海から吹いてくる涼しい風がほおを打つ。少し歩くと塀沿いに、幾多の唄に謡われたミナトヨコハマの海が見える。ワカモノさんいらっしゃいませ地区だ。
そのこじゃれた印象の地区に、北朝鮮の工作船が展示してあったのである。
横浜海上保安部の施設の隣に、工作船展示中と手作りの紙が貼ってあったのを見た瞬間は、ボトルシップかワリバシ船か、とにかく何かもっと平和的なモノだと思っていたのだが、置いてあったのは北朝鮮の工作船だったのである。
赤さびにまみれ、いたるところに弾倉の痕が残る船と、押収された銃器や日用品が展示してあった。日本船に擬態するために作られたという、「宮」「丸」などの文字が書かれた板や、ロシア製の高射砲などが生々しい。
船の中はさびだらけで、ひどく息苦しい感じだった。同行していた友人が一言。「こんな船に乗せられる北朝鮮の人ってある意味カワイソーだな」
友人は「赤さびって生々しいよね。傷口みたいで」と言い、何やらコーフンしたようすだった。
晴天、赤レンガ倉庫の前はヨコハマ大道芸で賑わっていた。スタッフの人たちがお客さんに皿回しを指導していた。
こじゃれたMM21地区に北朝鮮の工作船。友人の言うとおり、なんだかすり傷のようで小気味いい。
それから「映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ踊れ! アミーゴ!」を観た。町の人々が少しずつそっくりさんに入れ替わってゆくというホラー調の作品。自分の親や友人がそっくりな他人にすり替わってしまうというのは確かに恐ろしい。子供であればなおさらだろう。淡々とした演出が恐怖を静かに盛り上げる。町のほとんどの人たちがそっくりさんに変わってしまい、しんちゃんたちがそっくりさんから逃げ回るシーンでは思わず「こわ~い…」と心細げにもらす子供もいた。ラストは腰が抜けるようなオチだったが、しんちゃんは基本的にギャグでオとす作品で、「アッパレ! 戦国大合戦」と「モーレツ!オトナ帝国の逆襲」が例外なのだとたしなめられた。
追記:週間少年マガジン連載中の「トッキュー」原作小森陽一、絵久保ミツロウ。4月19日発売号に主人公と、ガールフレンドが横浜でデートする話が載っていて、ちょっとうれしかった。主人公は海上保安庁にお勤めの不器用な男の子で、デートのしょっぱなに「三陽」というラーメン屋に春向けのスカート履いた女の子を連れていったり、「工作船見に行かない?」と言い出したり、二人とも憎からず思っているのにうまくいかないネ! という内容だった。「三陽」いいお店だけど初心者デートには向かないよなあ…。
http://sanyou.hp.infoseek.co.jp/index.html 「三陽」HP。「山陽」ではない。チンチン麺とチョメチョメ麺と店主のおじさんが名物。
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文科省による教科書の検定の結果。
■靖国参拝
「裁判での違憲判断は傍論として述べられた。判決主文は国が勝訴しているのに、それが理解できない取り上げ方はどんなものか」
小泉首相の靖国神社参拝に違憲判断を示した04年の福岡地裁判決を取り上げた大手教科書会社に、文科省の教科書調査官はこう指摘したという。
一連の訴訟で初の違憲判断だったために、多くの社が取り上げたが、「下級審の一判決にすぎない」と文科省から難色を示されたという。
別の教科書会社も、年表に「04年4月 小泉首相の靖国神社参拝に福岡地裁が違憲判断」と事実を端的に書いたが同じ理由で認められず、結局「参拝について福岡地裁判決」と直して「違憲」部分を削除した。
福岡地裁判決の記述をあきらめ、東京高裁が合憲、大阪高裁が違憲と判断したという両方を書いて合格した社もある。
文科省は、こうした検定の方針について、「事前に首相官邸サイドに相談した事実はない」と説明している。
■イラク戦争
米国のイラク攻撃を「先制攻撃」とした記述や自衛隊の多国籍軍参加に関する記述にことごとく検定意見がついた。
文科省は「『先制攻撃』は国際法上禁止されている侵略攻撃という意味だ」と説明。そのうえで「(対イラク軍事行動は)先制攻撃や予防攻撃には当たらない」とした小泉首相の国会答弁を検定意見の根拠に挙げた。
「非戦闘地域での後方支援」や「多国籍軍への参加」という書きぶりもすべて「誤解される」とはねられ、「人道復興支援活動」だと明記することを求められた。文科省は、政府見解に基づき、「自衛隊は復興支援という目的に限って多国籍軍に参加したことが明確でないと、誤解を生む」と説明する。
■領土問題
外交上の焦点となるなか、竹島と尖閣諸島の問題を取り上げる教科書が増えた。文科省によると、今回申請された教科書のうち、地理と現代社会、政治・経済では9点が新たに盛り込み、大半の教科書に掲載されることになった。
目立つのは、「日本固有の領土」の明示を徹底したこと。いま使われている教科書と同じ記述でも検定意見がついて修正するケースも。例えば、数研出版の現代社会は、竹島と尖閣諸島について、それぞれ韓国、中国などと「交渉中」と書いて認められていたが、「我が国の領土だと理解しがたい」と修正を求められた。
2006年3月30日の朝日新聞記事より
どう考えても検閲です。ファシズムです。
記述の妥当性に関する具体的な議論は、今回は避けます。しかし、メディアに対し権力が検閲を行い、権力側の都合がいいように書き換えさせてしまうというのは言語道断です。
こういったことがまるで当たり前のように行われている現在の社会を、私たちは引き継いで育てていかなくてはいけないわけですね。
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ダヴィンチの特集タイトルが「文化系女子としたい」です。最近は30歳前後まで「女子」と呼んでOKのよう。昔は「女子」って卒業と同時に手放すナマ物フレーズだったよう気がするのですが、最近はけっこう「女子」、長持ちですね。わたしも友人にメールをするときなどに、「女子」と書くか「女性」と書くか「女の人」と書くか悩んだりします。二十歳過ぎて女子って幼稚だよなと思いつつ、むこうは「女」なんて呼ばれるのイヤかしら、とか思ってるから。比べてみると「女子」は女の子(年齢問わず)のための言葉で、「女性」はより公共性のある言葉でとして使い分けている気がします。「素敵な女性になったね」とは言うが「素敵な女子になったね」とは言わないし。ちょっと例が悪いですね。
「女子」というのは個人に使う言葉ではなく、件の文化系女子のように集団に対する接尾語という印象を受けます。「あそこにいる女の子」「あそこにいる女」「あそこにいる女性」全てOKだけれど、「あそこにいる女子」は学校ぐらいでしか使えない表現ではないでしょうか。
カテゴライズするための言葉ってすぐ定着するから、「女子」という言葉が浸透したのもそのせいかもしれませんね。
個人的ですが、私は「女の子らしく」等といわれると身構えてしまうタイプなので、「女子」という言葉は苦手でした。
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ビストロスマップを見ていて思う。かのコーナーは、中居を除く二人づつがコンビを組み、料理を作ってゲストに振る舞うという楽しげな企画。ゲストは、食後にどちらの料理を気に入ったかを選び、勝者には、ゲストが男性だったらプレゼント、女性だったらキスをする仕組みになっている。
もし、美輪明宏が出演したらどうするんだろう。
キスか、プレゼントか。どう考えてもキスの方が貴重だが。
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ふと考えたのですが、「生まれ変わってもまた人間になりたい」というかたはどのくらいいらっしゃるでしょうか。私は人間はしんどいので、「金持ちのひんのいいおばあさんの飼い猫になってまいにちいいものを食べて糖尿病で死ぬ」というのが、次回に望む生き方です。
そういえば竹宮惠子が昔「生まれ変わったら何になりたい」というインタビューで「なめくじ」と答えていました。
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